見つめ直して下さい。この国では今

国民のふたりにひとりがアレルギー性疾患に悩まされており、 もはや国民病と呼ばれるまでになっています。

こんなに増えたのは1960年代からのわずか50年のこと。 以前はアレルギーにかかったひとなど見ることはほとんどありませんでした。 幼稚園や保育園、学校では児童や生徒ひとりひとりのアレルギーについて対応を余儀なくされており、子どもたちの命に関わる問題になっています。 どうしてこんなことになったのでしょう。 私たちは何をすべきなのでしょうか。

いじめを目撃したとき、子どもたちはどんな行動を取るのでしょうか。

それについてイギリス、オランダ、日本、3カ国の、小学5年生から中学3年生までの子どもたちを調査したところ、イギリスとオランダでは、中学になると間に入って止めようとする『仲裁者』が増え、黙って見ているだけの『傍観者』は減りました。 ところが日本の子どもたちはそれとは逆に『仲裁者』は高学年になるにつれて減少し、『傍観者』が逆に増える結果となりました。(※1) 日本の子どもたちだけがどういうわけか、大人に近づくにつれ、勇気と正義感とを無くしてゆくのです。 見て見ぬふりをすることが大人になることだと日本の子どもたちに教えてしまっているのは、いったい誰なのでしょう。 (※1)平成17年度「教育改革国際シンポジウム」子どもを問題行動に向かわせないために http://www.nier.go.jp/symposium/sympoH18/h17sympo18221j.pdf

「とりあえず“負け組”にはなりたくないんで」

就活シーズンともなると、何十社もまわってひとつも内定をもらえないという学生の声がテレビから流れてきます。 学生が集まらない中小企業はたくさんあるというのに、学生たちは人気企業ばかりを目ざし、親たちもまたそれを後押しします。 そんな若者たちの特徴をメディアは、消費活動から遠ざかり、ひととのコミュニケーションを疎んじ、恋愛や結婚を否定する傾向が顕著だと報じます。 彼らはその理由についてこう言います。 「コスパが悪いから」 若者たちから幅広い視野を奪い、彼らを偏った価値観に縛り付けるものは、いったいなんでしょうか。

いま、『喪志(そうし)の時代』と言えはしないでしょうか。

日本がまだ貧しかった頃、草創期にあった企業は国民の生活を向上させ、健康増進に寄与するためにより良いものを作ろうと必死に頑張っていました。あの“志”はいま、大きく成長を遂げた企業にあの頃のまま受け継がれているでしょうか。 よその子も自分の子も同様に見守り、同様に叱り、同様に愛情を注いで、誰かのために何かをすることに労を厭わなかった昔の大人たちの“志”を、いまどれだけの大人たちが持っているでしょう。 まっすぐに社会を見つめ、問題意識に立脚して自分がどう生きていくか、世の中のために何ができるかを考えて道を選び、コスパ(コストパフォーマンス)などではなく『無私の心』でがむしゃらに行動した若者たちのみずみずしい“志”は、どこに消えてしまったのでしょうか。

ダイナミックに世の中を変えられるほど大きな力は私たちにはありません。でも、ひとりひとりに一緒に考えてもらうよう働きかけることはできます。私たちの活動に共感していただける人をひとり増やし、そのひとりに“志”を取り戻してもらえたならば、家庭をひとつ変えることができるかもしれません。 そしていつか気がついたとき、正しい“志”を持った家庭ばかりになっていたとしたら、そのとき世の中は大きく変わっているはずです。

−−−家庭が変われば、社会が変わる−−−−。

これが私たちのモットーです。 私たちは皆、誰かに支えられて生きています。私たちはいま、コスパという尺度をいったん脇において、誰かのために何かをするべきときなのではないでしょうか。 あなたも“志”を取り戻してください。 そして、この世の中に対して自分がいま、何ができるのかを私たちと一緒に考えてみませんか?

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